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小説の後書きとかいい訳とか。あとは雑記。
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 部屋だけじゃなく、視線を感じて振り向くと、薄暗い影からわたしを恨めしげなねつい視線で睨みつけているそれを見つけてしまう。<BR>
 落ち着ける場所が、なかった。<BR>
 どこにいればいいのだろう。<BR>
 ただ、わたし以外にだれかがいればそれは姿を見せることがなかったから、わたしはいつも以上にエドナに頼ってしまっていた。だって、悲しいけれど、ウィロウさまは滅多に私のところにいらしては下さらなかったから。<BR>
 それが、あのことの原因のひとつになったのだろうか?<BR>
 まさか、エドナがあんなことを考えていたなんて、わたしは思いだにしなかった。<BR>
<BR>
<BR>
「奥さま、どうかなさったのですか?」<BR>
 最初に水を向けてきたのは、エドナだった。<BR>
 外装に傷がついたピアノの代わりにと、ウィロウさまが取り寄せてくださったアップライトのピアノの蓋を開けた時だった。<BR>
 届いたばかりのそれからは、塗装の匂いや木の匂いが漂っていて、ほんの少しだけわたしの心を慰めてくれた。<BR>
 黒い外装ではなくて白と金の優美な外装のそれは、ウィロウさまご自身が選んでくださったのだと、ハロルドから聞いていた。<BR>
 最新型のピアノだということで、鍵盤の数は八十八ある。その滑らかな白と黒の感触を楽しんでいた時に、不意にエドナが話しかけてきたのだった。<BR>
 思いつめたように、心配そうに。<BR>
 だからと言って、わたし以外に見えない、かつてはひとであったろうそれのことをどう伝えればいいのだろう。<BR>
 どうしてあんなにも恨まれ憎まれなければならないのか、わたしには皆目見当がつかなかったのだ。<BR>
 誰なのかすらわからないのだから、当然と言えば言えた。<BR>
 ただ、記憶の片隅に、ほんの少しだけ引っかかるものがあったのだけれど、それをうまく捕まえることができなかったのだ。<BR>
 だから、わたしは、このことをウィロウさまにも言ってはいなかった。<BR>
 ただでさえ、以前のことがまだ解決していないのだ。この上こんなことでお忙しいウィロウさまのお手を煩わせることはいけないことだと、自分を抑えていたのだけれど。<BR>
 努めて、平静を装ってはいたつもりなのだけれど、<BR>
「どうしてそう思うの?」<BR>
 ピアノの椅子をクルリと回して、からだごとエドナの方を向いた。<BR>
 ティーテーブルの上で数冊の楽譜を広げていたエドナが、<BR>
「お顔の色がお悪いのですもの」<BR>
と、わたしの方を見て言った。<BR>
「侍女たちも、皆心配しておりましてよ」<BR>
 そのことばに、己の自制心が思っていたよりも脆いものだったのだと思い知らされる。<BR>
「そ、う………」<BR>
 適当な鍵盤をひとつ指で弾く。<BR>
 E音が澄んだ音色を響かせる。<BR>
 エドナから顔を背けるようにして全身でピアノに向かい、心の鬱屈を打ち消すようにメロディを掻き鳴らした。<BR>
「”Twinkle, twinkle, little star”ですね」<BR>
 そう言われて、思わず、<BR>
「気分は”Ah! vous dirai-je, maman”(ああ、お母さん、あなたに申しましょう)なのだけれど」<BR>
と、言っていた。<BR>
「蓮っ葉ですよ」<BR>
 前世紀に流行ったシャンソンの歌詞を思い浮かべたのか、エドナがたしなめてくる。<BR>
「Peut-on vivre sans amant ? 」<BR>
 恋人なしではいられないの?<BR>
 最後のフレーズを口ずさむ。<BR>
 −−−ウィロウさまなしでは、いられないの。<BR>
 そう。<BR>
 我慢しているけれど、わたしは本当に、ウィロウさまが大好きなのだ。<BR>
 本当は、いつだって、お側にいたい。<BR>
 いつだって、お声を聞いていたい。<BR>
 いつだって、抱きしめていてほしい。<BR>
 そう。<BR>
 わたしが求めているほどにウィロウさまがわたしのことを想ってくださってはいないことは、知っているけれど。<BR>
 ウィロウさまが心の底から求めているのがどなたなのか、忌避すべき疑惑と共にほぼ確信してはいるけれど。<BR>
 それでも。<BR>
 こんなにも不安でたまらない時には、側にいてほしい。<BR>
 そう思って、何が悪いだろう。<BR>
 ずっと、ずっと我慢してきたのに。<BR>
 そう。<BR>
 本当は、なりふりかまわずに、すがりつきたい。<BR>
 ずっと、一緒にいてください−−−と、泣き叫びたい。<BR>
 ウィロウさまなしでは、いられないのだ。<BR>
 ひとり寝のベッドの中で、忌まわしくもあらぬこと、あってはならぬことを想像してしまうほどに。<BR>
 くちづけてくださいと。<BR>
 触れて、ください−−−と。<BR>
 その方ではなく、わたしを、見てください。<BR>
 わたしを抱いてください−−−と。<BR>
 はしたないことと全身が火照ってしまうけれど。<BR>
 このお腹の中にいる子ともども、愛してくださいと。<BR>
 泣き叫んでしまいそうになる。<BR>
 わたしだけのものになってください! と。<BR>
 ほとばしり出そうになるのは、これまでわたしが感じたことのない情動だった。<BR>
「本当に、どうなさったのですか?」<BR>
 心配そうな声に励まされるような気がした。<BR>
「怖いの」<BR>
 あの幽鬼のことを口にすればおかしくなったと思われそうで、<BR>
「怖くてたまらなくて………だから、ウィロウさまにお会いしたいの」<BR>
 理由をぼやかす。<BR>
 けれど、<BR>
「なにが、そんなに恐ろしいのです?」<BR>
 誤魔化されてはくれないエドナを、まるであの幽鬼のようにぞろりと恨めしげに睨み上げて、<BR>
「信じないわ」<BR>
 睨めつける。<BR>
「そんなこと!」<BR>
 ありません、あるわよ、と、何度も押し問答を繰り返す。<BR>
 どれくらい繰り返しただろう。<BR>
 互いに肩で息をするほどに続けて、最終的に顔を見合わせて苦笑する羽目になった。<BR>
「本当に信じてくれる? 見えないわよあなたには、きっと」<BR>
「見えなくても、信じることはできますわ」<BR>
 見下ろしてくる榛色の目を見上げて、<BR>
「わかったわ。決して、わたしの気が触れたなんて思わないで」<BR>
 そうして、わたしはエドナに話して聞かせたのだ。<BR>
<BR>
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