小説の後書きとかいい訳とか。あとは雑記。
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「自分が口にしたことを理解できていますか?」<BR>
殊更に丁寧な口調ながらも嘲笑を隠しもしない声が聞こえてきたような気がした。<BR>
その夜の僕は巣穴に引きずり込まれる獲物でしかなかった。<BR>
ドルイドベルの音で僕の意識の半分は母の呪いに呪縛され朦朧としていた。<BR>
ひたすらに混乱したままの僕は、たやすく父に抱き伏せられ、食い散らかされる獲物同然だった。<BR>
混沌とした眠りの底から這い出した時、そこがまだ東の領域にある父の寝室であることを知り、僕は途方にくれた。<BR>
これまでの僕は自室でしか抱かれたことがなく、ことが終わった後に部屋に戻るなどということをしたことがなかったからだ。<BR>
どうやって部屋に戻ればいいのか。<BR>
愚かなことに、僕はただそれだけに悩んだ。<BR>
起き上がり数歩を進むのさえ困難な自分のありさまに泣きそうになりながら、ベッドを降りた僕はそれでもガウンをしっかりと羽織った。紐を結ぶのに手間取り、結局は固結びになってしまった後になって、ガウンだけで部屋に戻る自分を想像して青くならざるを得なかった。<BR>
服を−−−。<BR>
せめて昨夜の服なりと着ていればと、視線を彷徨わせたものの、見つからない。<BR>
それは、誰か使用人が服を持って行ったということで、その誰かは僕が父と何をしているのかを知っているということになる。<BR>
ふらふらと、数歩進んだ僕は、寝室と隣との間のドアにもたれるようにしてうずくまったのだった。<BR>
おそらく貧血だったのだろうけれど、くらくらと視界が揺れるその奇妙な感覚に襲われていたぼくは、父の嘲笑を隠していない声を耳にしたのだった。<BR>
父以外の誰かが隣にいる。<BR>
そうして、その誰かは、ハロルドや父の執事のうちの誰かではない。<BR>
カーテンのかかったままの窓から外を見ることはできなかったが、ベッドサイドの時計を目を眇めて見れば、まだ夜が明けて間もない時間であるらしかった。ならばどれほども眠ってはいない。父に引きずり込まれたのは、昨夜遅くだった。突然部屋に訪れた父の手にある深紅のリボンを見て、僕がどれほどの絶望に落とし込まれたことか。あれから、信じられないくらい執拗な行為を受け入れさせられ、挙句、気絶したままだったのだろうか。他に記憶はない。<BR>
ぼんやりと床に腰を落とした僕の耳に、誰かと父のやりとりが聞こえてくる。<BR>
父が相手をしている声の主は、かなり常識はずれの時間にここを訪ねてきたことになる。<BR>
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「だから、うちの息子を」<BR>
「何度説明すれば理解できるのでしょうね。あなたと我が家はもはや無関係なのですよ。先代の温情でアルカーデンの土地の一部と子爵位とを与えられていますが、それを条件に縁切りおよびアルカーディの名を利用しないことを約束させられたと書類が残っていると、先ほど説明したばかりなのですが」<BR>
呆れを隠しもしない。<BR>
「けれど!」<BR>
「けれどもなにもない! なぜ、我が家にはアークレーヌという後継ぎがいるというのに、あなたのところの息子を跡取りになどという愚かしいことを主張できる!」<BR>
打って変わった父の荒い口調に、全身が震えた。<BR>
「学校すらまともに通えなかったようなアークレーヌでは公爵家の当主など勤まりませんよ! それよりうち家の息子を跡取りにして、うちの娘とアークレーヌを娶せて子爵家を」<BR>
「あの賭け事好きの浪費家を後継ぎにどころか、あの尻軽をアークレーヌに押し付けようと?」<BR>
あなたの頭は大丈夫なのですか?<BR>
呆れ果てた声に、<BR>
「娘は尻軽などではないわ!」<BR>
甲高い叫び声は、どこか力がない。<BR>
「尻軽でなければ、男好きとでも? 何回婚約破棄を繰り返しているか、その理由さえ、私の耳に届いているのですよ。尻軽や男好きどころかもっと悪い噂で。しかも他の令嬢の婚約者を横取りすることを飽きもせずに繰り返すと。ハロルド!」<BR>
「こちらに」<BR>
「読み上げて聞かせようか」<BR>
悪意さえ隠さないその声音に、<BR>
「なら、後生だから、せめて助けてちょうだい!」<BR>
「なにが、”なら”なのかわかりませんね。なぜ、助けなければ?」<BR>
「叔母の頼みが聞けないというのですか」<BR>
ため息が聞こえたような気がする。<BR>
「何度言えば理解できるというのか。そちらとこちらの縁は切られているとなぜ理解しようとしないのでしょうね。縁が切られているということは、私とあなたも、叔母と甥の関係ではないということだと」<BR>
「そんな。いいえ。たとえ縁は切られても、我が家だとて公爵領の一部を預かる身。公爵家の次代を心配してどこが悪いのです。だいたいあの脆弱極まりないアークレーヌが公爵家当主など、すぐに傾くに決まってますよ」<BR>
「当主が脆弱ならば、きちんとした補助役をつけさせればすむことでしょう。そのための後進の育成も我が家の家令にはすでにはじめています。そうすれば当主がたとえ凡愚であろうと大丈夫ですからね」<BR>
僕の背中が、震える。<BR>
ああ、やはり−−−と。<BR>
父にとって、僕は、頼りない存在でしかないのだと。<BR>
凡愚でしかないのだと。<BR>
抱え込んだ膝頭に片方の頬を当てて、僕は目を瞑った。<BR>
なぜ、こんなところで、行儀の悪い盗み聞きなどをする羽目に陥っているのだろう−−−と。<BR>
「なにが大丈夫です! あんな気色の悪い子っ」<BR>
と、悪意の滴る女性の声が聞こえたと思えば、何かやわらかなものが打たれる音と、女性の悲鳴とが聞こえた。<BR>
「あなた、女性に手を挙げるなど!」<BR>
「ああ。失礼。けれど息子を侮辱されて怒らないわけがないでしょう」<BR>
「あなただとて、私の子供たちを」<BR>
震える声に、<BR>
「あなたの子供たちの場合はきちんと裏付け調査をした上での事実ですよ。あなたの息子は賭け事好きの派手好きであちらこちらに借金を作っていますし、決闘騒ぎさえも一度や二度ではないようです。娘の場合は、先ほども説明しましたよねぇ。侮辱には当たりません。しかし、あなたの言葉は、ただ単に、アークレーヌを見た目だけで判断した侮辱にすぎません。ええ。私の最愛の息子、ひいては未来の公爵に対する侮辱以外の何物でもない! 公爵家の子息を見た目で罵っておいて借金の肩代わりなど! しませんよ。するわけがないでしょう。子爵家の残りの土地を売り払って払えば済むことです。それくらいの土地ならまだ残っているはずですよ」<BR>
「待って。待って頂戴。さっきの言葉は謝るから。だからっ」<BR>
「ハロルド、子爵夫人はおかえりだ案内を」<BR>
「子爵夫人。ハーマンがご案内いたします。お帰りはこちらでございます」<BR>
丁寧なハロルドの口調に、<BR>
「覚えておきなさい、ウィロウ! いずれ、絶対に後悔するに違いありませんよっ」<BR>
捨て台詞とともに、女性のものとは思えない荒い足音が遠ざかって行く。<BR>
足音が聞こえなくなると、深いため息が聞こえてきた。<BR>
父のものと思えないほどのものだった。<BR>
「こちらをどうぞ」<BR>
「バートか。ありがとう」<BR>
父の従者の声がした。<BR>
「子爵夫人にも困ったものだ」<BR>
「子爵家の土地は既に半分ほど担保に取られておりますが」<BR>
ハロルドの声が静かに事実を告げる。<BR>
「残りの土地の半分で子息の借金は払えましょうが、そうなりますと子爵家を今まで通りに維持して行くことはできなくなると思われます」<BR>
「あの土地自体はさして重要な土地ではないが、アルカーデンの中ほどに位置する土地が他家の飛び地になるやもしれず、唐突にアルカーデンとは関係のない土地があることになるやもしれず、どちらにせよしのびないか」<BR>
「押さえておくように手配しておきましょう」<BR>
「名を伏せてな」<BR>
あとは、子爵家がどう出るかだろう。<BR>
正確な面積は知らないが、子爵家を名乗る一族の領地の四分の一なら親子四人に数名の使用人ていどなら、充分な生活はできるはず。それを、彼らが受け入れられるかどうかという問題だが、それは、父には関係のないことだった。<BR>
そんなことをとりとめもなく考えていた僕の耳に、複数の足音が聞こえてきた。<BR>
聞いていたことを知られる。<BR>
それどころか、父以外の誰かに、見られてしまう。<BR>
必死に立ち上がろうともがいた僕が一歩を踏み出したその時、タイミング悪くドアが開いた。<BR>
「っ」<BR>
ドアが背中に当たり、せっかく立ち上がったというのに、その場に、あえなく頽れる。そんな情けない自分に、頭の中が真っ白になった。<BR>
「何をやっている」<BR>
「御曹司」<BR>
父とハロルドの声が背中にこぼれ落ちる。<BR>
回り込んできたバートに抱え起こされるようにして、立ち上がる。<BR>
「聞いていたのか」<BR>
父の言葉に、思い出す。<BR>
脆弱で凡愚な息子である自分を。<BR>
差し出された父の手を避けたのは、そのせいだったろう。<BR>
意識しての行動ではなかった。<BR>
その時の僕の頭の中にあったのは、自分の情けなさだけで。<BR>
こんな僕など−−−という、自棄であったろう。<BR>
「なにを拗ねている」<BR>
けれど、父にはそんな僕の行為が、ただ拗ねているものと映るのか。<BR>
首を横に振る。<BR>
「しばらく休んでから部屋に戻るといい。そのままでは歩くのもままなるまい」<BR>
ハロルドも、バートさえもがいるこの場所で。<BR>
血の気が引いた。<BR>
知っているのだと。<BR>
このふたりは当然のごとく知っているのだと。<BR>
この、本来であれば唾棄するべき、関係を。<BR>
それは、火事場の馬鹿力(アドレナリンラッシュ)というものだったのだろう。<BR>
貧血に襲われた上にもとより足取りすらままならない状況だというのに、僕はその場を駆け出したのだ。<BR>
「アークレーヌ」<BR>
「御曹司」<BR>
三人の声を背中に僕は父の寝室を駆け抜け、東の領域の廊下に飛び出した。<BR>
もはや、己の格好など頭にはなかったのだ。<BR>
父の執務室につながる寝室は、東の領域の二階奥にある。<BR>
全領域が交差する大廊下に出るまでには、父の後妻の部屋があるということなど、この時の僕は知らなかった。<BR>
そう。彼女の部屋が荒らされ、とりあえずの処置ということで部屋をこちらに移動しているという情報など、僕は知らなかったのだ。<BR>
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