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小説の後書きとかいい訳とか。あとは雑記。
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 ***** <BR>
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 見てしまった。<BR>
 そう。<BR>
 遂に。<BR>
「汚らわしいっ!」<BR>
 吐き捨てるエドナの声が遠く聞こえる。<BR>
 わざわざ見る必要などありはしなかったのに。<BR>
 知りたくなかった。<BR>
 疑惑は疑惑のままで、そっとしておきたかった。<BR>
 そう。<BR>
 なのに。<BR>
 なのに、エドナは目の前に突きつけたのだ。<BR>
 ウィロウさまとアークレーヌさまの情事を。<BR>
 領主館にはさまざまな仕掛けがあるとは聞いたことがあった。<BR>
 ロマンス小説やゴシック小説などに出てくる古めかしくもおどろおどろしい館には、隠し部屋や拷問部屋、地下牢、脱出路などさまざまなものが存在した。けれど、まさか現にこうして自分がそんな場所に立つことがあるなど、考えたことはなかった。<BR>
 確かに、この館もまた、小説に登場するかのような古めかしい古城ではあるけれど。<BR>
 アークレーヌさまの寝室を覗き見する仕掛けがあるなど、そうして自分が今まさにはしたない覗きをしているなど、信じることができなかった。<BR>
 信じたくなかった。<BR>
 目の前で繰り広げられている忌々しくも隠微な光景を。<BR>
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 ハロルドさんさえもが自室に引き取り寝入っただろう深夜、エドナと一つ寝台に入ったものの眠れずにいたわたしに、彼女がそっと囁きかけてきたのだ。<BR>
 これこそが、彼女の本当の目的だと言わんばかに。<BR>
「ケイティさまが抱えていらっしゃる疑惑を確かめませんか」<BR>
 まるで堕落を促す悪魔の誘惑のようなことばに抗うことさえしなかったのは、彼女がわたしの抱くその疑いを知っていたという驚きの為だったろうか。<BR>
 その真偽を確かめることができるのならと、彼女の誘いに乗ったのは、そう答えなければ彼女が部屋を出そうなそぶりを見せたからかもしれない。<BR>
 そうして、わたしはエドナに導かれるままに進んだのだ。<BR>
<BR>
 夜のしじまに私たちの足音が響く。極力忍ばせたそれは、カーペットの上ということもありまるで花びらを一枚ずつちぎっているようなささやかなものだったろうが、わたしには心臓に悪いほど大きく聞こえてならなかった。<BR>
 中央の大階段を過ぎて、北の領域に足を踏み入れたのは初めてだった。<BR>
 カーペットの色、家具のひとつとってしても、雰囲気がガラリと変わっていた。<BR>
 ああ、ここは、わたしの領域ではないのだと。<BR>
 黒地に異国風の模様が織り出されたカーペットの上を歩きながらそう思った。<BR>
 部屋の区切りごと、廊下の曲がり角ごとにガス灯がオレンジ色の光を丸く灯している。そのずっと奥に、アークレーヌさまのお部屋はあるのだとエドナは云う。<BR>
 左右に広がる廊下の上部に吊るされた古めかしい緞子がカーテン状に左右に纏められたその向こうに、廊下を横切った正面に、両開きの黒檀の扉があった。<BR>
 その前まで来て心臓がいっそうのこと小刻みな鼓動を刻む。<BR>
 苦しい。<BR>
「こちらです」<BR>
 ランプの灯さえ届かない闇からわたしを招く白い手や首につながる小さな顔が、まるで幽鬼じみて見える。<BR>
 いけない。<BR>
 こんなことしてはいけない。<BR>
 疑惑は疑惑のままにしておかなければ。<BR>
 わたしの疑惑はただでさえ、世をはばかるものなのだ。<BR>
 白日の下に晒されてしまっては、今まで通りの毎日を過ごすことはできないに違いない。<BR>
 警鐘が頭の中に響き、視界が揺らぐ。<BR>
 ぐらぐらと揺れる視界いっぱいに、エドナの手がわたしを招く。<BR>
 喉の奥に何かがこみあげてくる。<BR>
「こちらです」<BR>
と、しびれを切らしたらしエドナがわたしの手首をつ噛んで引っ張る。<BR>
 乱暴なと思う余裕さえなかった。<BR>
 そのままどうやったのか、ぽっかりと開いた小さな空間に引き込まれた。引きずられるようにして闇の中を進む。<BR>
 そうして進めばやがて行き止まりにたどり着く。<BR>
「この壁です」<BR>
 言いながらエドナが先に覗き、しばらくの沈黙の後示した場所を覗き込むようにと位置を変えられた。<BR>
 さぁ−−−と、声を出さずに促すエドナに、いくばくかの躊躇も伺えなかった。だから、ためらうことなく覗いたのだ。<BR>
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 見えたものを脳が理解しても、心が拒否した。そんな経験をしたのは初めてで、わたしは自分の足場が硬い床でないような不安に襲われていた。<BR>
 不安?<BR>
 そんな生易しいものではなかった。<BR>
 不安を越えて、その先にある何か。<BR>
 絶望? などというものでさえないような気がした。<BR>
 少しずつそれが何なのかを心が受け入れた後、強かなまでの痛みが襲いかかってきた。<BR>
 その痛みが錯覚だとわかっていたけれど、それでも、痛みはやはり痛みのままだった。<BR>
 閨ごとの最中に灯がついていることが信じられなかったけれど、ベッドサイドの灯だけで見ることができるものには限界があるのだと、わたしは知った。<BR>
 オレンジ色の淡い光の中繰り広げられているのは、あまりにもあられもない様相だったのだ。<BR>
 音が聞こえないことが幸いだったのかもしれない。<BR>
 燭台の灯に映し出されたのが上半身だけだったことがまだしもだったろう。<BR>
 全身が見えていたなら、わたしはこの場で泣き叫んでいたに違いないのだから。<BR>
 そう。<BR>
 そこには見たことがないほどに艶やかに乱れたさまのアークレーヌさまと、ウィロウさまの姿があったのだ。<BR>
 ああ。<BR>
 ああ。<BR>
 ああ。<BR>
 口を両手で隠した。<BR>
 凝りついたようになっていた声帯に、それはなんの意味もなかったけれど。<BR>
 ウィロウさまがアークレーヌさまを抱き起こす。<BR>
 婉然と微笑むアークレーヌさまが両手をウィロウさまの首にかけた。そんなアークレーヌさまの片手には何かの紐のようなものが見えた気がした。<BR>
 それ以上見ていることはできなかった。<BR>
 父と子の間で繰り広げられるおぞましい行為なのに、そのはずなのに、わたしは、唾棄したい思いと相半ばする思いに襲われていたのだから。<BR>
「ケイティさま」<BR>
 そっと耳元で呼びかけられて、震えた。<BR>
 我に返ったわたしを、ぐいぐいと引っ張ってエドナが隠し部屋を出て行く。<BR>
 引っ張られるままに、気がつけば自分の部屋に戻っていた。<BR>
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