小説の後書きとかいい訳とか。あとは雑記。
<BR>
<BR>
狂人を見るような視線だと思った。<BR>
それはすぐに消えたけれど。<BR>
ああ。<BR>
やっぱり。<BR>
失望だろうか、諦念だろうか。<BR>
エドナの目は、いつも通りの色を宿していたけれど、瞬間的な感情の発露を見逃すことはなかった。<BR>
それでも。<BR>
胸の内に溜まっていた恐怖を口にしたことで、わたしの心は少しだけ晴れた。<BR>
くすぶることは他にもるけれど、今一番の恐怖は、”あれ”のことだったから。<BR>
「誰かが一緒にいれば、現れないのですよね」<BR>
ゆっくりとエドナが口を開いた。<BR>
「そうよ」<BR>
「夜も、出てくるのですか?」<BR>
一番恐ろしいのは、夜だ。<BR>
「そう」<BR>
だから本当は………。<BR>
「公爵さまはご一緒では」<BR>
言いかけて、はしたないことと口に手を当てるエドナに、<BR>
「お忙しい方ですから」<BR>
そうとだけ、告げた。<BR>
それだけで、腑に落ちることがあったのか。ひとりうなづくエドナに、顔が熱くなるような心地を覚えた。<BR>
閨事情の一端を自ら漏らしてしまったことに、遅ればせながら気付いたのだ。<BR>
しばらくの居心地の悪い空気に、鍵盤を見つめた。<BR>
「でしたら、わたしがケイティさまとご一緒すればいいのでは?」<BR>
思わぬ提案に、エドナを見上げた。<BR>
「そうですわ。わたしがケイティさまと一緒のベッドで眠れば問題ありません」<BR>
そうすれば、ケイティさまは安眠できましてよ!<BR>
名案だと手を打ち合わせるエドナに、<BR>
「同じベッドで眠るの?」<BR>
微妙な表情になった自覚があった。<BR>
「女同士ですもの。おかしなことではありませんでしょう?」<BR>
それは、わたしのベッドは広いから、エドナの三人くらいなら余裕で一緒に眠ることができるだろうけれど。<BR>
故郷にいたころには、仲の良かったお友達と同じベッドで眠ったことくらい何度もあるけれど。あれは、気心の知れたお友達だったから、できたことなのだ。と、そこまで考えて、自分がエドナをそこまで親しい存在だと思っていないことに気づいた。<BR>
それに。<BR>
それでは根本的な解決にはならないだろう。<BR>
わたしの望みは、”あれ”が現れなくなることなのだから。<BR>
”あれ”が超自然的な存在だとわかっていたから、本当であれば牧師さまにでも相談すればよかったのだろう。考えなかったと言えば嘘になるけれど、どうしても踏ん切りをつけることができなかったのだ。それには、この教区の牧師さまがご高齢であるということが原因だったけれど。<BR>
穏やかでお優しそうな牧師さまに、あの恐ろしいものと対峙していただくなど、考えられなかった。<BR>
だから、<BR>
「そうね」<BR>
と、了承したのだ。<BR>
<BR>
<BR>
<BR>
***** <BR>
<BR>
<BR>
<BR>
「母上どこに行くのです」<BR>
手を引かれて歩く。<BR>
足取りも軽く、踊るように歩く母の歩調に合わせるのは、僕には難しかった。<BR>
遅れそうになるたびに駆け足になる。<BR>
今がいつなのか、わからなかった。<BR>
ここがどこなのか、どの領域なのか、階なのかさえもわからないままに。<BR>
左右ずらりと並んだドアの間、壁のロウソクが灯っていてさえも薄暗い廊下を、ただ幼子のように母に手を引かれて。<BR>
夢だと思った。<BR>
いつもの、縊れ死にした刹那の恐ろしい表情をした母ではなく、楽しそうな微笑みをたたえた母。<BR>
そんな表情が僕に向けられた記憶など、ないけれど。<BR>
しゃらりしゃりりと、どこかでドルイドベルが独特の音色を奏でている。<BR>
手首に巻かれた赤いレースが、恐怖を与えてくる。<BR>
どこに行くのかわからないというのに、これがあるということは彼女は自分に憑依するつもりなのだ。<BR>
恐怖と、それを受け入れる己に対する諦観と。<BR>
不意に投げ出されるように、手を離された。<BR>
まろび、膝を打ち付ける。<BR>
カーペット越しの廊下の感触にしたたかな硬さを感じて、生理的な涙がにじむ。<BR>
霞む視界に、何かを指し示す母の姿が見えた。<BR>
琥珀色の光が降り注ぐそこ。<BR>
暖かな光の海の中に、母以外の誰かが立っていた。<BR>
ガウン姿の女性は<BR>
あの栗色の髪は。<BR>
ドクリ。<BR>
嫌な鼓動だった。<BR>
いつの間にか母がすぐそばで僕に囁きかけてくる。<BR>
死ねばいい−−−。<BR>
ウィロウさまの子供を産む女なぞ、死ねばいい−−−と。<BR>
わたくし以外がウィロウさまに抱かれるなど、許さない−−−と。<BR>
巻きつくリボンが、手首に食い込んでくる。<BR>
たとえ、おまえでも、許さない−−−と。<BR>
きつく。<BR>
きつく。<BR>
憎い。<BR>
憎い。<BR>
憎くてたまらない。<BR>
死んでしまえ−−−と。<BR>
頭の中にこだましつづける。<BR>
笑いすら孕んだその声が、いつしか僕自身のものへと変貌を遂げて−−−。<BR>
そうして。<BR>
<BR>
<BR>
僕の手が、僕の意思に反して、伸ばされてゆく。<BR>
手にするのは、赤。<BR>
僕の視界には、白く細い喉頸。<BR>
鮮やかに禍々しく色を見せるのは、一本の赤。背徳的な戯曲の悲劇のヒロインに与えられた刑罰への示唆のような赤。<BR>
そこまで認めて、ようやく僕は己の行動の意味を知る。<BR>
手から力が抜けて行く。<BR>
力をなくした手から逃げる蛇のようにするりと落ちた赤いリボンが、床の上で赤黒い溜まりを形作る。<BR>
振り返りざま僕を見たのは、驚愕に見開かれた双眼。前髪に隠れて、まるで曇天の空のよう。<BR>
ゆっくりと閉じられて、倒れ落ちた。<BR>
ああ!<BR>
なにを。<BR>
僕は、なにを。<BR>
憎いと。<BR>
死んでしまえと。<BR>
手に残るのは、リボン越しに伝わってきた鼓動。<BR>
たおやかな白い喉頸には似つかわしくない、したたかな筋肉の感触。<BR>
僕は、僕の足元に倒れる彼女を見下ろす。<BR>
殺したのだと。<BR>
この手で、彼女を殺してしまったのだと。<BR>
だから。<BR>
僕は。<BR>
「ち………ちち、うえ………………」<BR>
こぼれ落ちた叫びはつぶやきにもならず。<BR>
頬を、耳を、頭を、両の手でかきむしる。<BR>
彼女の感触を拭い去るように。<BR>
父を呼びながら。<BR>
父ならば僕を助けてくれると、足が、一歩を踏み出した。<BR>
その時。<BR>
絹をつんざくような悲鳴が聞こえた。<BR>
<BR>
<BR>
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