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小説の後書きとかいい訳とか。あとは雑記。
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 ネーミングセンス、やっぱり、ないな。


<BR>
<BR>
「なにをしているのだ」<BR>
 亜麻色の髪の男が、通された室内を見て、声を出した。<BR>
 広く優雅な室内には、その独特の臭気が充満している。<BR>
 なにをーーとわざわざ問いただすまでもない。<BR>
 それでも男が問いたださずにいられなかったのは、彼の従兄弟にして同僚の金髪の男の思いも寄らない暴挙に驚愕したからにほかならない。<BR>
 どちらかといえば温厚な、悪く言えば周囲に埋没しかねないと評される従兄弟だった。<BR>
 そう。<BR>
 彼ら、アッシェンバッハ大公家を支える三大公爵のなかで一番の常識派と言われるマリリアード・クロイツェルには似つかわしくない暴挙に、コンラード・ヴァイツァーがである。<BR>
 ヴァイツァー公爵といえば、その踊る炎めいた亜麻色の髪とは正反対に、冷静を具現化したようなと評されている。<BR>
 残るひとたりバルトロメオ・アイローを軍神に喩えるなら、コンラード・ヴァイツァーは英知の神に。しかしながら、マリリアード・クロイツェルは神に喩えられることはない。世に並びない三大公爵の一翼を担うひとたりでありながら、その生得のバランス感覚のせいで総てを等しく均してしまうからだろう。<BR>
 外見の美しさもまた、他の公爵より秀でているようには見えない。<BR>
 見えないだけで、よく見れば、とても美しい男性だと判る。しかし、金髪と緑の瞳の、穏やかそうな男性だというのが先に立つのだ。<BR>
 だからこそ、コンラードは、驚いたのだ。<BR>
 もちろん、同い年の従兄弟のことである。穏やかなばかりの人物ではないと、他の誰よりも近しく知っている。<BR>
 しかし、それでも、これは、どうだろう。<BR>
 コンラードの涼しげな眉間にかすかに縦皺が刻まれた。<BR>
 涙にまみれた顔が、揺れる。<BR>
 いや、その未だ完成されていない若者の薄いからだが、揺れる。<BR>
 見開かれた褐色のまなざしはただ涙をたたえるばかりの虚ろと化し、コンラードを認めてもいない。<BR>
 最近になってようやく彼にも馴染んできた、姫宮倫という名の、彼らの庇護者である。<BR>
 姫宮倫。<BR>
 彼らの世界にとって死語と等しい古い形態の名を持つ少年は、大公とその三公爵の居城である空の城の廻廊に忽然と現われたのだ。<BR>
<BR>
<BR>
 宇宙空間に浮かぶ四つの城を繋ぐ廻廊は、もちろん、警備の兵が常駐している。<BR>
 この世界を遍く支配する、実質王族の城である。<BR>
 ただびとが容易く侵入を果たせるはずもない。<BR>
 どのように。<BR> 
 なぜ。<BR>
 見つけたのは、偶然にもマリリアードであり、コンラードのふたりだった。<BR>
 大公に報告をと動き出そうとしたコンラードを止めたのは、他ならない、マリリアードであった。<BR>
「なぜ」<BR>
「ふむ。私にもよくは判らないのだが」<BR>
 珍しく途方に暮れたような緑のまなざしに、コンラードが折れた形になったのだ。<BR>
 それでも、背景の確認は必要だった。<BR>
 持ち物はもちろん、少年の体内に危険物がないか、危険思想の持ち主ではないかなど、さまざまな検査がコンラードの城の研究室で内密に行われた。<BR>
 意識を取り戻した少年とことばが通じないということが、難関だった。<BR>
 今や、多少の訛はあれど世界には共通言語が行き渡り、どこであろうと意思の疎通に困ることはない。それは、どんな辺境な山奥や、惑星であろうと同じことだった。<BR>
 だけに、これは、一族としては由々しき問題だった。<BR>
 別の世界なのか、それとも、別の時間軸なのか。<BR>
 おそらくは、この少年は、この世界の、もしくは、この時代の人間ではありえない。<BR>
 嘘をついている可能性も考慮され、軽めの自白剤を用いてみたものの、結果は同じことだった。<BR>
 少年の口から出るのは、彼らがかつて耳にしたことのない、不思議なことばだったのだ。<BR>
 持ちものに記された文字等から推測するに、おそらく、少年は、ずいぶんと過去からやってきたことになる。<BR>
 軽い自白剤を投与され、酩酊に近い状態にある少年に、噓をつく余裕はない。<BR>
 脳波を見る限り、少年が嘘をついているようすは皆無である。<BR>
「コンラードさま、これを」<BR>
 侍従が持ってきたものを、コンラードは少年の目の前に差し出した。<BR>
「読めるか?」<BR>
 ことばは通じないなと、古い書物を開いて、指差した。<BR>
 焦点を結びきれないままで、それでも、褐色の瞳が、コンラードの指先を懸命にたどる。<BR>
 ほんの少しだけ、少年の視線が、しっかりと文字を捉えた。<BR>
「読めるようだな」<BR>
 なら、こちらはどうだ。<BR>
 手直にあった処分間近の書類をたぐり寄せ適当に文脈をさし示す。<BR>
 文字と認識はできるのだろうが、理解不能のようすがみてとれる。<BR> 
 共通言語で記されたそれを見て当惑するさまに、コンラードの頬が苦笑を刻む。<BR>
「コンラード」<BR>
 気がつけば、マリリアードが隣に立っていた。それに気づかないほど夢中だったのかと、肩を竦める。<BR>
 コンラードの肩に手が置かれた。<BR>
「この少年は、結局、過去から来たということか」<BR>
「結論には早計だがな」<BR>
 とりあえず、この文献を読めるそぶりがあるあたりで、かなりな過去から来たのだろう。<BR>
 それは、解読法も失われた、かつて全人類のホーム(故郷)であった星の一島国の言語だった。<BR>
 持ち物にあった記憶媒体も、初期に近い古い形態のものだ。<BR>
 デスクの上から、薄い円盤状のものを取り上げる。<BR>
「一応映像を呼び出すことはできるがな」<BR>
 デスクのスロットにディスクを差し込み、いつもは必要ない複雑な手順でキーボードを操作する。<BR>
 派手な音楽とアクションが、何もなかった空間に映し出される。<BR>
「映画か」<BR>
「のようだな」<BR>
「これは、考古学者か言語学者が泣いて喜ぶか」<BR>
 少年がつぶやいていたのと同じことばで喋る人間たちが、画面の中で立ち回りをしている。<BR>
「あの時代のあの地域の言語文化に関する情報は、ほぼ壊滅状態だからな」<BR>
「実利的には役に立ちそうもないが」<BR>
 肩を竦めるコンラードに、<BR>
「極めた学問とはそんなものだろうよ」<BR>
 穏やかに笑うマリリアードだったが、<BR>
「問題は、この少年の処遇だな」<BR>
 コンラードの提案に、表情が引き締まる。<BR>
 見れば、少年は意識を手放している。<BR>
 軽いとはいえ、自白剤を使われたのだ。薬物耐性がよほど弱い体質なのかもしれない。おそらく、意識を取り戻した時、ここでのやりとりなどは一切記憶から消えていることだろう。<BR>
「ことばも判らない未成年者を世に放りだすほど鬼ではないが」<BR>
「偶然時間軸から外れたのであれば、もう一度もとの時間軸に戻れるのではないか」<BR>
「不確定だろう」<BR>
「この時代に根を張るものとして接するほうがいいとは思うが」<BR>
「あくまで客人でいいのでは。それならば突然姿を消したとしても、さして問題は起こらない」<BR>
「いずれにしても大公閣下に報告を入れねばなるまいな」<BR>
「次の会議までには、いれておこう」<BR>
 下手に興味を抱かれないていどの情報をな。<BR>
 つぶやいたマリリアードのことばに、コンラードの目が見開かれた。<BR>
<BR>
<BR>
 DVDを返しに家を出た。<BR>
 ただそれだけだったのだ。<BR>
 借りてきたのは父親だったが、面倒だから返してこいと、言ったのだ。<BR>
 ついでにコンビニでなんか買って帰ろうと、自転車にまたがった。<BR>
 車のヘッドライトが迫ってきた。<BR>
 狭い路地だった。<BR>
 家はすぐそこで、気を抜いた途端の奇禍だった。<BR>
 ぶつかった。<BR>
 そんな気がした。<BR>
 そうして、気がつけば、ここにいる。<BR>
 窓の外は、夜空。<BR>
 それも、星を身近に感じるほどの迫力で迫ってくる。<BR>
 ここは、この城で一番高い位置にある部屋だということだ。<BR>
 三十畳ほどの室内には、やけにきどった家具が配置されている。<BR>
 紫紺に金のアクセントの装飾は、まるで外国の城のようだ。<BR>
 天井からぶら下がるシャンデリアや、天井に刻まれた絵が、ますますその雰囲気を強めている。<BR>
 なんと言ったか。<BR>
「宇宙(そら)の間でございます」<BR>
と、自分とさして歳が違わないだろう、立ち襟の軍服めいたお仕着せを着た外国の少年が今日からはこちらを使えと言いながらそうつけ加えた。<BR>
「宇宙……か」<BR>
 ゆっくりと喋ってくれたため聞き取ることができたが、日本語ではない。<BR>
 英語でもなかった。<BR>
 金髪で緑の目のあの男が倫に少しずつことばを教えてくれてはいるが、投げ出したくなる。<BR>
 なんで今更、赤ん坊みたいに言葉を一から覚えなければならないんだ。<BR>
 そう自棄になったのは、つい二週間ほど前のことだ。<BR>
 通じないのは判っていたが、それでも、苛立たしくてならなかった。<BR>
 目の前で穏やかに忍耐強くつきあってくれている男が、実はかなり忙しい立場の人間だと判っていても、だからどうしたんだと、叫びだしたくなった。<BR>
 泣き叫びたくなった。<BR>
 家に帰りたい。<BR>
 食って掛かっても、通じない。<BR>
 困ったように自分を見下ろしてくる整った甘い顔に、腹立たしさばかりが募ってきた。<BR>
 マリリアードと名乗った男と、赤毛のコンラードと名乗った男が、入れ替わり立ち替わり、言葉を教えてくれる。<BR>
 それでも。<BR>
 いや、だからこそかもしれない。<BR>
 倫はこれまでに経験したことがないほどに混乱していたのだ。<BR>
 それに自分自身で気づかないほどに。<BR>
 キレたのは、外に出ることができなかったからだ。<BR>
 たったそれだけの理由がきっかけだった。<BR>
 その日はマリリアードもコンラードもこなかった。<BR>
 ああ、ふたりとも忙しいんだな。<BR>
 座り心地のいい椅子に座ったまま、執事らしい男が倫のために準備をしたノートや本、ネット学習のように単語の発音をくり返している端末の画面を見るともなく見ていた。<BR>
 こちらでーと、指し示されたから座って本をめくって機械のスイッチを入れたものの、気は乗らない。<BR>
 このままでは駄目だと判っていても、だからどうしたというのだと自暴自棄に襲われる。<BR>
 赤の他人のことなど、捨てておいてくれれば良かったのだ。<BR>
 彼らが悪いわけじゃない。<BR>
 倫にも、自分が尋常じゃない何かに巻き込まれたのだということは判っていた。<BR>
 なにひとつ責任もないだろう彼らが、自分をとりあえず引き受けてくれているのだということも、判っていた。<BR>
 だからこそ、彼らに申し訳なくて、ことばを覚えようとしているのだ。<BR>
 感謝しなければ。<BR>
 しかし。<BR>
 だからこそ。<BR>
 ここまでしてくれるのだから言葉を覚えなければという義務感がストレスになって、倫を追いつめていた。<BR>
 イライラがおさまらない。<BR>
 もう駄目だ。<BR>
 息が詰まる。<BR>
 そうして、はじめて、倫は自分からドアノブに手をかけた。<BR>
 これまでは、自分から部屋の外に出ようとはしなかった。<BR>
 だから、知らなかったのだ。<BR>
 ドアに鍵がかけられていることなど。<BR>
「なんで?」<BR>
「なんでだよっ」<BR>
 わからなかった。<BR>
 人当たりの好い顔をして。<BR>
 穏やかに笑ってみせながら。<BR>
 当惑したように、それでも、決して声を荒げずに。<BR>
「……………………」<BR>
「邪魔なんだよな」<BR>
「当然だ」<BR>
「だったら」<BR>
 オレなんかいないほうがいいんだから。<BR>
 窓は大丈夫だった。<BR>
 窓から出るなんて考えないんだろうか?<BR>
 いや。<BR>
 そんなことどうだってかまわない。<BR>
 倫は、窓を越えた。<BR>
 そうして、立ち竦んだのだ。<BR>
 窓の外の景色が、違う。<BR>
 倫が見ていた窓の外は、深い森のようなものだった。<BR>
 それなのに。<BR>
 騙された?<BR>
 外は、整えられた広い、広大すぎる庭園だった。<BR>
 噴水もあれば、廃墟のような佇まいの装飾まである。<BR>
 木立で造られた迷路もあるようである。<BR>
 流れる川の先には、池と呼ぶには大きすぎる、湖のようなものまである。白鳥までもが浮かんでいる。<BR>
 そうして、それを見下ろしている白亜の城。<BR>
 本物の城。<BR>
「なんだよいったい!」<BR>
「なんの冗談だよっ!」<BR>
 城から遠ざかろうと、狭いほうへ狭いほうへと無意識に走り出した倫は、遂に、そこにたどり着いた。<BR>
 まるで昔の人間が信じていた、“平たい地球”のその端っこ。<BR>
 ただし、その先は、流れ落ちる海の水ではなく、どこまでも広がる、宇宙空間だった。<BR>
 吸い込まれる。<BR>
 どこまでも落ちてゆくような錯覚に囚われ、倫は悲鳴をあげた。<BR>
 全身の毛が逆立つような感覚に、その場に蹲り、悲鳴を止めることはできなかった。<BR>
<BR>
<BR>
 意味のない叫びは、やがてひとを呼び、クロイツェル家の警備兵たちがその場で震える倫を遠巻きに、途方に暮れたように眺めていたのだ。<BR>
 彼らはもちろん、クロイツェル家の“客人”のことは知っている。<BR>
 クロイツェルとヴァイツァー両公爵家の当主がどこからともなく伴ってきて後、面倒を見ている少年である。<BR>
 いったいどこの辺境から来たのか、言葉が通じないと言う信じられない噂が事実だと言うことも、いつの間にか知れ渡っていた。<BR>
 だけに、どうすればいいのか、逡巡していたのだ。<BR>
「何をしている」<BR>
「公爵」<BR>
「閣下」<BR>
 揃いの軍服に身を包んだ男たちが、礼をとる。<BR>
 そこにふたりの公爵を認めたためである。<BR>
 付き従う侍従長が指し示す先を認め、マリリアードの口角がほんの少しほころんだ。<BR>
 その変貌に気づいたのは、長く彼に仕えてきた侍従長とコンラードだけだった。<BR>
「顔を見に来ただけだが、診察もしたほうが良さそうか」<BR>
「頼もうか」<BR>
「閣下私が」<BR>
 マリリアードの腕から意識を無くした倫を受け取ろうと侍従長が促すが、<BR>
「かまうな」<BR>
 にべもない。<BR>
「自覚はないのか?」<BR>
 揶揄する潜められた声音に、<BR>
「何がだ?」<BR>
 マリリアードがコンラードを見やる。<BR>
「クロイツェル公爵閣下におかれては、客人殿にひどくご執心とか」<BR>
「なんだそれは」<BR>
 あからさまな言葉遣いに、滅多なことでは刻まれることのない皺が眉間に刻まれる。<BR>
「まぁ、わからぬでもないがな。客人殿は、どういうわけか、酷く庇護欲をそそってくれる」<BR>
「貴公、返事になっておらぬではないか」<BR>
「そら、そういうところさ」<BR>
 コンラードがマリリアードの胸を人差し指で突つく。<BR>
「貴公らしくない」<BR>
 コンラードの心には、ある予感が芽生えていたが、あえて打ち消した。<BR>
<BR>
 いつの世も、悪い予感ほどよく当たるものである。<BR>
 英知の神に喩えられるコンラードもまた、自分のらしくない行動に気づいてはいなかったのだ。<BR>
<BR>
 
 
 
 
2012/-6/24 19:37
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